平成30年司法試験刑法:参考答案

設問1

1 乙が「2年生の数学を担当する教員がうちの子の顔を殴った。」等PTA役員会で発言した行為1に名誉棄損罪(230条1項)が成立する。

(1)「公然と」とは不特定または多数人の認識しうる状態をいう。もっとも、事実摘示の相手方が特定かつ少数人でも不特定または多数人への伝播可能性があれば良い。

行為1がされた際、その場にいたのは乙を含む保護者4名とAの校長という特定かつ少数人である。しかし、PTA役員になる保護者は顔が広い人が多いだろうし、校長はほかの教員と密接につながっており、暴力に関する話題は保護者や教員という不特定または多数人に広まって認識されうるからそれらの者への伝播可能性がある。

よって、行為1は「公然と」行われたといえる。

(2)「事実」とは、同罪の保護法益たる人の外部的名誉を害する現実的危険ある具体的事実をいう。

2年生の数学を担当する教員は丙だけだったから、行為1の「教員」が丙であることがわかる。17歳の未成年の甲を殴った事実は、丙の外部的名誉を害する現実的件ある具体的事実である。

よって、行為1は「事実を摘示し」といえる。

(3) そうすると、丙の外部的「名誉を棄損した」といえる。同罪は抽象的危険犯と解すべきだからである。

(4) 行為1の態様から同罪の故意(38条1項本文)が認められる。

(5) よって、行為1は同罪の構成要件に該当する。

2 乙には「公益を図る」「目的」がなかった(230条の2第1項参照)。

設問2

第1 (1)

甲が乙の救助を一切行うことなく、その場からバイクで走り去った不作為2に殺人未遂罪(203条、199条)が成立する。

1 a作為と同視でき、b不可能を強いない不作為に処罰範囲を限定するため、a作為義務違反b作為可能性・容易性があれば、実行行為と解する。

山道脇の本件駐車場には、街灯がなく、夜になると車や人の出入りがほとんどなかった。さらに、乙が転倒した場所は、草木に覆われており、山道及び同駐車場からは倒れている乙が見えなかった。そうすると、同駐車場には甲しかいないため、乙の生命は甲の排他的支配下にあるといえる。また、甲乙は親子だから相互扶助義務(民法730条)が認められる。さらに、甲が乙に「親父。大丈夫か。」と声を掛ける先行行為により乙が意識を取り戻し、立ち上がって崖に向かって約10m歩いて転倒し、崖から転落して死亡しうる危険な状態になった。

よって、甲には同駐車場の乙の自動車に乙を連れて行く作為義務が認められる。

しかし、甲はこれをしなかったから作為義務違反が認められる(a)。

乙が崖近くで転倒した時点で、上記作為を甲がすれば乙が崖下に転落することを確実に防止できたことから作為可能性はあり、甲はこの作為を容易に行うこともできたから作為容易性がある(b)。

よって、不作為2は殺人罪の実行行為に該当する。

2 乙は搬送先の病院で緊急手術を受けて一命を取り留めた。

3 甲は不作為2の際に、乙のケガが軽傷であるが、乙が転倒した場所のすぐそばが崖になっており、崖下の岩場に乙が転落する危険があることを認識していた。それなのに不作為2を行ったことから、同罪の故意が認められる。

第2 (2)

1 「親父。大丈夫か。」と声を掛ける行為は、違法性がないため、作為義務の根拠とならない。そうすると、(1)で主張されている残りの作為義務だけでは、甲には「人を殺」すという死刑すらありうる重大な作為と同視できるほどの作為義務はなかった(a)。

よって、不作為2は殺人罪の実行行為にあたらない。

2 甲は乙が転落する危険があることを認識していただけで、認容していないから故意が認められない。

また、仮に認識・認容していたとしても危険性は抽象的なものにすぎない。不作為2の時点では乙が転落するとは限らないし、転落しても死亡するとは限らないからである。よって、この点でも故意は認められない。

3 よって、殺人未遂罪は成立しない。

第3 私見

1 上記(2)の主張は妥当である。また、保護責任者遺棄致傷罪(218条、219条)が成立する。

2 乙は意識を失っていたから「病者」といえる。また、上記(2)の作為義務(保護義務)を甲は負っていたから、「保護する責任のある者」といえる。保護責任者遺棄罪の法定刑は殺人罪より軽いから、不作為2は作為による「遺棄」と同視できるほどの作為義務違反といえる(a)。

上記(1)のように、作為は可能かつ容易だった(b)。

よって、不作為2は「遺棄」にあたる。

不作為2の態様から同罪の故意が認められる。

3 乙は意識を取り戻して起き上がろうとしたが、崖に向かって体を動かしたため、崖下に転がり落ち、後頭部を岩に強く打ち付け、後頭部から出血して意識を失ったから、「傷」害結果が発生した(219条)。

4 甲が上記作為をすれば、乙が崖下に転落することはなかったので、条件関係が認められる。

不作為2により崖下の岩場に乙が転落して傷害を負う危険があり、この危険が結果に現実化した。なお、乙が体を動かした行動の傷害結果への寄与度は大きい。しかし、この行動は、意識を取り戻すと誤って転落しうる乙を放置した不作為2に誘発されたものである。よって、法的因果関係も認められる。

よって、不作為2と傷害結果の間に因果関係が認められる。

設問3

第1 甲が丁の救助を一切行うことなく、バイクで走り去った不作為3に乙に対する殺人未遂罪が成立する。

1 親に生じた危難について子は親を救助する義務を負う。また、山道脇の駐車場に甲乙以外に重傷を負った丁のほかに人がいる事情がない。さらに同駐車場は夜間で街灯がなく暗かったことからその場にいない第三者が発見するのは難しかった。よって、乙の生命は甲の排他的支配下にあった。よって、甲には同駐車場に駐車中の乙の自動車の中に乙を連れていくなどして救助する義務があった。しかし、これを怠ったから作為義務違反がある(a)。

たしかに、甲は同駐車場にいる乙の存在に気づいていなかった。しかし、乙の自動車は認識していた。また、甲は丁を救助するために丁に近づけば、容易に乙を発見できた。そうすると、甲は丁を救助するために近づくのが可能かつ容易だった以上は、上記作為も可能かつ容易だった(b)。

よって、不作為3は乙に対する殺人罪の実行行為に該当する。

2 しかし、乙の生命侵害結果は生じなかった。

3 甲は乙と誤認した丁に関して、死んでも構わないと思っていたにすぎないから故意が認められないとも思える。

しかし、故意責任の本質は規範に直面したのにあえて行為をしたことに対する非難にある。そして、規範は構成要件として与えられているから、構成要件の範囲内で主観と客観が符合すれば故意が認められると解する。

乙と誤認した丁(主観)も乙(客観)も「人」という構成要件の範囲内で符合している。

よって、乙に対する殺人罪の故意が認められる。

第2 甲の不作為3に乙と誤認された丁に対する殺人未遂罪が成立する。

1 甲には無関係の丁を救助する義務は認められないが、丁は乙と誤認されているから、実行行為性が認められないか。

(1) 実行行為は、社会通念上の違法・有責類型たる構成要件の要素だから、行為時に一般人が認識し得た事情及び行為者が特に認識していた客観的事情を基礎として、社会通念に照らして判断すべきである。

(2) 丁の体格や着衣が乙に似ていたこと、同駐車場に乙の自動車が駐車されていたこと、夜間で同駐車場には街灯がなく暗かったことから、甲と同じ立場にいる一般人でも、丁と乙を誤認する可能性が十分に存在した。この事情を基礎とすると、親に生じた危難について子は親を救助する義務を負う以上は、甲は乙と誤認された丁を救助する義務を社会通念上負う。また、上記第1の事情から、乙と誤認された丁の生命についても甲の排他的支配下にあった。よって、乙と誤認された丁を甲は上記第1のように救助する義務を社会通念上負っていた。しかし、これを怠ったから作為義務違反がある(a)。

甲は乙と誤認された丁を発見しており、乙の自動車も認識しているから、上記作為は可能かつ容易だった(b)。

(3) よって、不作為3は乙と誤認された丁に対する殺人罪の実行行為に該当する。

2 丁は意識を取り戻し、自己の携帯電話機で119番通報を行い、臨場した救急隊員により救助され、搬送先の病院で緊急手術を受けて一命を取り留めたから、乙と誤認された丁の生命侵害結果は生じなかった。

3 甲は丁を乙と誤認したうえで死んでも構わないと思っているが、乙(主観)も丁(客観)も「人」という構成要件の範囲内で符合している。

よって、乙と誤認された丁に対する殺人罪の故意が認められる。

以上

【感想】

設問3がすごく難しかったです。

出題趣旨や採点実感を読んでも最初は訳が分かりませんでした。

でも、アガルート工藤先生の音声講義を聴いてよく理解できました。

音声をダウンロードできるアガルートは、視聴期間が終わっても音声は聴けるので、こういうところが良いですね。

ただ、不正の温床にもなりうるので、受験生各自がきちんとアガルートから買うべきですね。