第1 乙がV方に入った行為1に住居侵入罪(130条前段)が成立する。
行為1はV方という「人の住居」にVの意思に反して立ち入るものだから「侵入」にあたる。行為1の態様から同罪の故意(38条1項本文)も認められる。
第2 乙が「金庫はどこにある」等言って、Vの顔面を蹴り、右ふくらはぎを刺し、現金500万円を持ってV方から出た行為2に強盗致死罪が成立する(236条1項、240条後段)。
1(1)Vの顔面という人体の枢要部を数回蹴り、Vの右ふくらはぎを刃体長さ約10センチもの殺傷能力があるナイフで刺した行為1は社会通念上相手方の反抗を抑圧するに足る「暴行」にあたる。
乙は丙と二人で「他人」Vが同金庫内に占有していた同500万円という「財物」を準備したカバンの中に入れ、そのかばんを持ってV方から出た。よって、同500万円をVの意思に反して移転させ「強取した」といえる。
(2)行為2の態様から強盗罪の故意も認められる。
2 その「強盗」乙の行為2の中の顔面を蹴った行為によってVは脳内出血が原因で「死亡」した。
第3 丙がV方という「人の住居」に故意にVの意思に反して「侵入」した行為3に住居侵入罪が成立する。
第4 丙が乙と同500万円をカバンに入れてV方から出た行為4に強盗罪の共同正犯(60条)が成立する。
1(1)丙は乙の上記第2の行為に途中から参加している。
ア ここで、共同正犯の本質は相互利用補充関係にあるから、先行者の行為・結果を①自己の犯罪遂行の手段として積極的に②利用する意思で③利用した事実があれば良いと解する。
イ 乙は丙の兄貴分であり、乙は丙に対して支配的な地位にあった。また、当初9月12日午前2時に実行することに関して、丙は乙の頼みを断っており消極的に思える。
しかし、丙は乙の頼みを断って、やらないでも良かった乙を手伝う行為を手伝おうという気持ちでV方に行った。また、丙は分け前がもらえるだろうと考えV方に行き、「手伝いますよ」と乙に言うなど自発的な行動をしている。そして丙は、乙が「ふくらはぎを刺してやった。~ゆっくり金でも頂くか。おまえにも十分分け前はやる」などと言われて、簡単に現金を奪うことができるし、分け前をもらえると考えて、これを了解して「わかりました。」といった。
よって、丙には上記第2の行為のうち右ふくらはぎを刺した行為やこれによりVが反抗抑圧されている結果を①自己の強盗罪遂行の手段として積極的に②利用する意思が認められる。
なお、丙は乙がVの顔面を蹴った行為を認識しておらず、死亡するとも思っていないだろうから、同行為と死亡結果を②利用する意思は認められない。
また、丙は乙がVを刺して反抗抑圧されている結果を利用して乙と同500万円をカバンに入れてV方から出たので、上記行為・結果を③利用した事実も認められる。
(2) 行為4の態様や丙の上記の内心から強盗罪の故意も認められる。
第5 甲が乙に「Vの家に押し入って、Vをナイフで脅して、その現金を奪ってこい」等言った行為5に住居侵入罪と強盗致死罪の共同正犯が成立する。
1 甲は某組の組長から、まとまった金員を工面するように指示を受けていたから住居侵入罪や強盗罪を行う動機があった。また、甲は某組で組長に次ぐ立場にあり、乙は甲の配下の組員だから、甲は乙に対して支配的な地位にあった。そして、配下の組員Aの情報によって、Aの知人のVが一人暮らしの自宅において、数百万円の現金を金庫に入れて保管していることを知ったうえで、Vの現金を手に入れようと計画し、乙に対し、Vの情報を提供し、「Vの家に押し入って、Vをナイフで脅して、その現金を奪ってこい」と具体的な犯行方法を指示したから重要な役割を担っているといえる。さらに、甲は7割という相当程度を自己の取り分としていることからも動機がうかがわれる。しかも、甲は乙に現金3万円を渡して、「この金でVを脅すためのナイフなど必要な物を買って準備しろ。」と言って犯行に必要な物を買うための資金提供をし、「準備したものと実際にやる前には報告しろ」と言っていることからも、主体的であることがうかがわれる。よって、甲には①自己の住居侵入罪・強盗罪として積極・主体的に犯行を実現する正犯意思や故意が認められる。
甲の上記指示に対して、乙は「分かりました。」と言い、両罪の意思連絡があるから②「共同~実行」の意思も認められる(正犯意思と併せて共謀)。
甲は乙に「Vの家に押し入って、Vをナイフで脅して、その現金を奪ってこい」と言っていたし、暴行を禁じることもなかった。よって、行為1・2という実行行為は上記共謀に基づくから、③「共同~実行」の事実もありそうである。
2(1) しかし、上記共同正犯の本質から、相互利用補充関係を解消した者は、共同正犯関係から離脱し、その後の行為について罪責を負わないと解すべきである。そして、実行着手前であれば④離脱の意思表示と⑤他の共犯者の了承があれば、同関係が解消されたと原則としていえる。ただし、離脱者が強い影響を与えていた場合は同関係解消には⑥積極的な結果防止行為も要すると考える。
(2) 甲が乙に電話で「犯行を中止しろ」と言ったのは、実行着手前である。こう言うことにより④離脱の意思表示をしたといえる。また、こう言われた乙が甲に対し「分かりました。」と言ったことから⑤乙の了承があるといえる。
しかし、甲は上記のように乙に支配的な地位にあり、また重要な情報を提供し、犯行方法を指示し、資金も提供するなどしていた。よって、甲は乙に強い影響を与えていたといえるから、⑥積極的な結果防止行為も要する。
たしかに甲は「中止しろ」と命令口調で言ったし、「組長からやめろと言われた」と甲よりも立場が上の人間の指示であることも言った点で説得的である。また、乙は甲との電話を切った後に実行に着手しているのでV方に行くなどして直接止めるのは困難である。
しかし、上記のように言うだけではなく「今すぐに事務所に来い」などと言っていれば、乙はV方に行くことが困難になるだろう。そしてそのように甲が言うことは容易だった。よって、⑥積極的な結果防止行為を甲はできていないから、相互利用補充関係は解消されておらず、共同正犯関係からの離脱は認められない。
3 上記のように行為2によってVは死亡したから、行為5に住居侵入罪の共同正犯だけではなく、強盗致死罪の共同正犯が成立する。
第6 丁が故意にV方に入った行為6に住居侵入罪が成立する。
第7 丁が本件キャッシュカードをポケットに入れた行為7に窃盗罪(235条)が成立する。
1 同キャッシュカードは、それ自体はプラスチックで財産的価値が乏しいが、これを用いて現金を引き出すことができるので財産的価値ある「財物」である。
これはV方の金庫内にあったので、Vという「他人」の占有するものであった。
同キャッシュカードは小さいものなのでポケットに入った時点でVの意思に反して占有が丁に移転し「窃取した」と言える。
丁はV方から金品を盗もうと考えており、またその行為7の態様から同罪の故意は認められる。
第8 Vに「暗証番号を教えろ」と言った行為8に2項強盗罪(236条2項)が成立する。
1 たしかに丁は凶器も無しに、にらみつけながら「暗証番号を教えろ」と強い口調で言ったにすぎない。しかし、Vは上記のように乙から暴行を受けて血を流し横たわる状態になっていた。そして、丁に気づいたVは「何かされるかもしれない。」と考えて、丁に対して恐怖心を抱いていた。そうすると、行為7の時点でVは既に反抗抑圧状態にあるから、これを維持するという意味で行為7は社会通念上相手方の反抗を抑圧するに足る「脅迫」に形式的にあたる。
そして暗証番号を知ればキャッシュカードを用いてATMで自由にお金を引き出せる。よって、行為8は「財物~取」得(同1項)と同視しうる「財産上不法の利益を得~た」結果発生の現実的危険ある実行行為といえる。
実際に暗証番号を聞き出したことにより、「財産上不法の利益を得~た」といえる。
2 丁は「強く迫れば、容易に暗証番号を聞き出せる。」と考えていたことや行為8の態様から同罪の故意も認められる。
第9 丁がX銀行Y支店に入った行為9に建造物侵入罪が成立する(130条前段)。
1 Y支店はY支店長という「人の看守する~建造物」にあたる。窃盗により取得したキャッシュカードで現金を引き出す目的でY支店に入ることはY支店長の推定的意思に反する立ち入りと言えるから、「侵入し~た」といえる。
2 行為9の態様から同罪の故意も認められる。
第10 丁がATMから現金1万円を引き出した行為10に窃盗罪が成立する。
1 ATMにあった同1万円は「他人」Y支店長の占有する「財物」といえる。窃盗により取得したキャッシュカードで現金を引き出すのはY支店長の推定的意思に反して占有を移転させるものと言え「窃取した」といえる。
2 行為10の態様から同罪の故意も認められる。
第11
1 第1と第2の罪は、罪質上通例手段・結果の関係にあるから、牽連犯(54条1項後段)となる。
2 第3と第4の罪は、上記1と同じく牽連犯となる。
3 第5の2つの犯罪は行為5という「1個の行為」(同条項前段)によるから観念的競合となる。
4 行為7と行為8は時間・場所的に近接しており、キャッシュカードが暗証番号と一体となって現金を引き出せるものであることから保護法益も実質的に重なり合っているため、重い第8の罪が第7の罪を吸収する。なお、第8の罪の保護法益はVの占有する財物である一方で、第10の罪の保護法益はY支店長の占有する財物なので、第8の罪は第10の罪を吸収しない。
第6と第8の罪、第9と第10の罪は、上記1と同じく牽連犯となる。これらの罪は併合罪(45条前段)となる。
以上