平成24年予備試験刑法【参考答案】

第1 甲がXをYに衝突させた行為1に乙に対する傷害罪(204条)が成立する。

1 行為1はXという重量ある物をYに衝突させるものだから、身体侵害の現実的危険ある実行行為である。これにより乙は加療約2週間を要する頸部捻挫の怪我を負った。

行為態様から故意(38条1項本文)は認められる。

2 もっとも、行為1に乙は合意しているから、違法性阻却されないか。

(1)違法性の本質は社会的相当性を欠く法益侵害行為にあるから、行為に社会的相当性が無ければ違法性阻却されないと解する。

(2)行為1は上記の通り危険なものである。また、交通事故を装って自動車保険の保険会社から保険金をだまし取る悪質な目的でなされている。

(3)よって、行為1は社会的相当性が無いから、違法性阻却されない。

第2 行為1にAに対する傷害罪が成立する。

1 行為1は上記のように身体侵害の現実的危険ある実行行為である。行為1によりYが押し出された結果、交差点入り口に設置された横断歩道上を歩いていたAにYのバンパーを接触させ、Aは転倒し、右手強打により、加療約1ヶ月間を要する右手首骨折の怪我を負った。

2 甲は乙以外の者に怪我を負わせることを認識していなかったから、Aに対する傷害罪の故意が認められないのではないか。

(1)故意責任の本質は規範に直面したのにあえて行為をしたことに対する非難にある。規範は構成要件として与えられているから、構成要件の範囲内で主観・客観が符合すれば故意が認められると解する。

(2)乙という「人」を怪我させる主観とAという「人」を怪我させた客観は、「人」という構成要件の範囲内で符合する。

(3)よって、Aに対する傷害罪の故意が認められる。

第3 乙がYを停止させた行為2に乙に対する傷害罪の共犯(60~62条)は成立しない。

乙との関係で乙自身は他「人」に当たらないからである。

第4 1 行為2にAに対する傷害罪の共犯も成立しない。

他「人」ではない乙に怪我をさせる主観と他「人」であるAに怪我をさせた客観は構成要件の範囲内で符合しないため、故意が認められないからである。

2 もっとも、行為2時に路面が凍結していたことから、路面が凍結していないときよりYが前方に押し出されて誰かを怪我させることに関して注意義務があり、これに違反したと言え「過失」が認められる。これによりAは怪我をしたから過失傷害罪(209条1項)が成立する。

第5 甲・乙が保険金請求した行為3に詐欺未遂罪の共同正犯が成立する(250条、246条1項、60条)。

1  甲が乙丙に本件企てを打ち明けて、乙丙が承諾した。さらに詳細に相談し、①XをYに衝突させて②乙に怪我をさせ、③乙が必要以上に長い期間通院し、④甲がXの保険に基づき、保険会社に乙への慰謝料や休業損害の支払いを請求すること、⑤保険金を甲乙丙で分配することを計画し、実行を合意した。これにより、甲乙丙に詐欺罪につき自己の犯罪として積極・主体的に犯行を行う「正犯」意思、「共同~実行」の意思(併せて共謀)、故意が認められる。

2 事故により慰謝料支払い義務や休業損害が生じれば、保険会社は保険金を支払うことになる。よって、事故を装って保険金を請求した行為3は、保険会社が保険金を支払うための判断の基礎となる重要事項を偽る「欺」く行為にあたり、「共同~実行」の事実も認められる。

3 しかし、同保険会社による調査の結果、事故状況について不審な点が発覚し、同保険会社が錯誤に陥らなかったから、詐欺罪の「実行に着手してこれを遂げなかった」(43条本文)。

第6 丙が甲の企てに承諾し、甲乙と上記を計画し、実行を合意した行為4に傷害罪や詐欺罪の共同正犯は成立しない。

1 上記第5の1から丙に甲乙との間で傷害罪及び詐欺罪に関して共謀・故意が認められる。

2 たしかに当初の計画①詳細では丙がXを運転するものだった。しかし、XをYに衝突させることは計画通りでそれ以外も計画通りだった。よって、上記共謀に基づく「共同~実行」の事実がありそうである。

3(1)もっとも、共同正犯の本質は相互利用補充関係にあるから、同関係を解消した者は、共犯関係から離脱し、その後の行為について罪責を負わないと解する。そして実行着手前は同関係が強固ではないため、(a)他の共犯者に離脱の意思表示をし、(b)他の共犯者が了承をすれば、同関係が解消すると解する。

(2) 丙は行為1が行われる前に(a)「俺は抜ける」と言って、甲乙に離脱の意思表示をした。(b)その後、甲乙の電話に丙が応答しなかったことから、丙が前記計画参加を嫌がって連絡を絶ったと認識したが、基本的に予定通り実行することにしたから、丙の離脱に関して黙示の了承をしたと認められる。

(3) よって、丙は同関係を解消し、その後の行為について罪責を負わない。

第7 第1・2の犯罪は「1個の行為」1によるから、観念的競合となる(54条1項前段)。これらと甲の第5の犯罪は併合罪(45条前段)となる。

第4の犯罪と乙の第5の犯罪は併合罪となる。

以上

【コメント】

司法試験・予備試験ではメリハリの視点が超重要です。

ぼくはこのメリハリの視点で予備論文1534位から3ヶ月で合格圏に行きました。

刑法で受験生のあなたに意識してほしいのは、「一罪一論点」です。

一つの犯罪につき一つの重要なトピック(論点)があり、そこを厚く書いて、他はサラッと書くということですね。

(多くてもだいたい二論点までです。)

たとえば、上記参考答案の第1の犯罪では、「合意により違法性阻却されるか」が『論点(幹)』です。

そのため、ここを厚く書くべきです。

(法的三段論法や事実の法的評価など。)

一方で、第1の犯罪が傷害罪の構成要件に該当するのは明らかなので、構成要件該当性の部分は『枝葉』です。

「行為1は、乙に加療約2週間を要する頸部捻挫の怪我を負わせるものだから、傷害罪の構成要件に該当する。」

としてもまあ良いでしょう。

第2は、故意が論点です。

客観的構成要件は枝葉。

第3・4は当時の現場で、ぼくは焦っていたでしょうね。

出題趣旨を見ても「人」に関して、上記答案の第3・4がワンセットで論点と言って良さそうです。

とはいえ、論証を用意していないので、厚く書けません。

なお、本問のような傷害罪などが成立しなかったときに過失犯に流れる際は、ほとんどの受験生がうっかり(過失)して過失犯を書き忘れるので枝葉です。

第5は明らかな詐欺未遂の共同正犯です。

しかし、共謀の事情が明らかに多いので、構造的に共謀を厚く書くことになるのかなと。

(雑に書くこともできるだろうけど。)

第6は共犯関係からの離脱が明らかに論点ですね。

ちなみに、

「メリハリはその問題によって現場で考えるものでしょ?」

と思うかもですが、そうでもありません。

たとえば、実行行為は論点になりやすい傾向にあります。

「欺」く行為や「横領」などですね。

本問で「欺」く行為が論点にならなかったように、論点にならないことももちろんあります。

また、殺人罪や傷害罪は、実行行為はアッサリで故意や違法性阻却事由、責任阻却事由が「論点」になることが多いです。

本問の第1・2の傷害罪がまさにそれですね。

窃盗罪も「窃取」が問題になることはあまりありません。

強盗殺人とかも、ナイフでグサリと行く場面はアッサリ「暴行」がメリハリの観点からは良いです。

といっても、こんなふうに類型化して考えるのをオススメするのは最初だけです。

場数を踏めば、考えないでも論点がわかるようになってきます。

それに、あまりにギチギチに事前に類型化し思考停止で解くと、例外が出たときにうまく対応できません。

(たとえば本問の第5は詐欺罪ですが、実行行為は明らかなので、論点として厚く論じるところではない。

それなのに、「欺」く行為であるゆえに思考停止で論点として厚く書くみたいになる。

ほかにも「一罪一論点」に固執して、住居侵入罪も厚く書いちゃうみたいな。)

場数を踏めばわかるようになる。

とはいえ、最初は正しいか自分ではわからないと思います。

なので、「答え合わせ」として答案添削が有効になるわけですね。

(何なら後述するような「答案構成」の添削でも良いです。)

またちなみにですが、多くの添削者は、

  • 法的三段論法
  • 事実の法的評価

ができていないことを以て、

「法的三段論法で論じましょう。」

「事実に法的評価を加えましょう。」

と言います。

しかし、これでは大抵の場合、本質的な問題は解決しません。

なぜなら、添削を多く受けるようなフェーズでは、『時間があれば』法的三段論法等で論じることができる受験生が多いからです。

(実際にぼくも

「時間が無いからそれができないんだよ~。」

と思っていました。)

そのため、本質的な問題は、上記で取り上げた『メリハリ』です。

『メリハリ』ができるようになれば、論点で法的三段論法で論じたり、事実に法的評価を加えたりして、厚く書くことができます。

とにかく幹ができていないのに、枝を太くする行為はマジでヤバいです。

チグハグにな部分最適答案になって、良い成績の評価が来ません。

もったいないので、すぐに改善し、全体最適の答案にしましょう。

オススメの対策は、普段の答案構成に「論点」となる箇所にマークをつけることです。

ぼくは「◎」をつけていました。

これでメリハリの視点が身に付き、全体最適の良答案になります。

答案作成(起案)も良いは良いのですが、時間がかかるので、ぼくはそんなにたくさんやるのはオススメしません。