平成29年司法試験刑法:参考答案

第1 甲がAに本件クレジットカード(以下「本件クレカ」)についてXを買うほかには絶対に使わないと言って交付させた行為1に詐欺罪(246条1項)は成立しない。

甲には行為1の時点でX以外の物を買う故意(38条1項本文)がないからである。

第2 甲がCという「人」にXYの購入を申し込んだ行為2に詐欺罪(246条1項)が成立する。

1 (1)「欺」く行為とは、相手方の財産的処分行為の基礎となる重要事項を偽ることをいう。

(2)本件クレカは、Bが所有するものであり、Bの規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることや、加盟店は、利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている。そうすると、Cは甲がA本人ではないと知っていたら、XYを売らなかっただろうから、名義人かどうかはCがXY売却の基礎となる重要事項である。よって、甲がA本人であると装った行為2は、CのXY売却の基礎となる重要事項を偽るといえる。

(3)よって、行為2は「欺」く行為にあたる。

2 行為2により、Cは甲がA本人であって、本件クレカの正当な利用権限を有するという錯誤に陥り、これにより、XYという「財物」を売却(「交付」)した。

なお、クレジットカードが利用されても通常は信販会社から加盟店にお金が支払われるため、本件で財産上の損害はないようにも思える。しかし、上記のように本件では規約に禁止されていることがされているため、信販会社からお金が支払われないリスクがある。そのため、60万円の財産上の損害があるといえる。

3 行為2の態様から同罪の故意は認められる。

第3 行為2に横領罪(252条1項)が成立する。

1 本件クレカは、行為2の時点で甲が所持しているため、「自己」甲の「占有する他人」B所有の「物」である。Aは甲に本件クレカをXを購入することを条件として貸すことにしたから、上記占有はAとの委託信任関係に基づく。

なお、この貸与は上記規約違反で本件の裏付けがない。しかし、法律関係が複雑化した現代社会では、窃盗罪(235条)で本権の裏付けのない占有が保護されるのと同様に本権の裏付けのない委託信任関係も保護されると考えるべきである。よって、問題ない。

2 (1)横領罪の本質は委託信任関係に背いた本権侵害にあるから、「横領」とは不法領得の意思(委託の趣旨に背き、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をする意思)の発現行為と解する。

(2)XだけではなくYの購入も申し込む行為2は、上記委託信任関係に背き、所有者でなければできないような処分をする意思の発現行為をしたといえる。

(3)よって、行為2は「横領した」にあたる。

3 甲は、本件クレカをX購入のためだけに利用するというAとの約束に反することを認識しながら行為2に及んでおり、その態様からも同罪の故意は認められる。

第4 甲が売上票用紙にAの名前を記入した行為3に有印私文書偽造罪(159条1項)が成立する。

1 同用紙は、売買に関する「権利、義務~に関する文書」にあたる。

2 (1)「偽造」とは、名義人と作成者の同一性を偽ることをいう。そして名義人とは文書から理解される意思・観念の主体、作成者とは文書を作成した・させた意思の主体と解する。

(2)同用紙には、Aの名前が記入されているので、名義人はAである。

同用紙に記入したのは甲であるが、Aが本件クレカの利用を甲に承諾しているので、同用紙を作成させた意思の主体、つまり作成者はAとも思える。しかし、上記規約から、同用紙は文書の性質上名義人本人による作成を予定しているから、Aの承諾があってもそれは無効である。よって、同用紙を作成した意思の主体は甲である。

(3)よって、名義人と作成者の同一性を偽っているといえ、行為3は「偽造」にあたる。

3 とすると、甲は「他人」Aの「署名を使用」したといえる。

4 行為態様から、同用紙が真正に成立したものとしてCの認識しうる状況に置く「行使の目的」と同罪の故意が認められる。

第5 甲が故意に同用紙をCに手渡した行為4に有印私文書行使罪(161条1項)が成立する。

第6 甲と乙が立て続けにAに体当たりした行為5に、暴行罪の共同正犯(208条、60条)は成立しない。

1 Aが甲に殴りかかられ、さらに「殴られる」と考え、乙に対して「一緒に止めよう。」と誘ったうえで、乙も「甲がAから殴られるのを防ごう」と考え、「分かった。」と答えた。よって、甲と乙には同罪について自己の犯罪として積極・主体的に犯行を実現する「正犯」意思(60条)が認められ、同罪についての意志連絡もあるから「共同~実行」の意思(正犯意思と併せて共謀)も認められる。

行為5はAの身体に対する不法な有形力の行使であるから「暴行」にあたる。

行為態様から「共同~実行」の事実があり、同罪の故意も認められる。

よって、同罪の構成要件に該当する。

2 しかし、正当防衛(36条1項)として違法性阻却される。

(1)ア 甲が上記のように横領してしばらく返金もしなかった経緯があり、Aは怒りを抱くに至った。そうすると、上記Aの行為は甲が自ら招いたものとして違法性阻却されないのではないか。

元の行為が違法性の本質たる社会的相当性を欠くといえないなら、「侵害」にあたると解する。

イ たしかに50万円もの大金を横領をし、60万円もの大金を約束の期日から1ヶ月以上も返さなかったのはAの財産権を侵害し、悪質といえる。

しかし、甲の身体という財産権以上に重要な利益侵害を許容できるほど社会的相当性を欠くとはいえない。

ウ よって、Aの上記行為は「侵害」にあたる。

(2) 上記からAの甲への暴行罪に該当する違法(「不正」)な法益「侵害」が現に存在していると言え、「急迫」性も認められる。

(3) 甲も乙も甲がAから殴られるのを防ぐために行為5をした。よって、防衛の意志が認められ、甲にとっては「自己」、乙にとっては甲という「他人」の身体を「防衛するため」といえる。

(4) 甲は28歳、男性、身長165センチメートル、体重70キログラムで、乙は25歳、男性、身長175センチメートル、体重75キロであり、Aは28歳、男性、身長170センチメートル、体重65キログラムである。そうすると、体格等で大差ない者が倍の数で行為5に及んだことになる。しかし、上記事情から緊急事態である。また、Aが抵抗をやめなかった事後的な事情からも、素手で行った行為5は必要かつ相当といえ、「やむを得ずにした行為」にあたる。

第7 甲がAの両膝辺りにまたがり、乙がAの腰辺りにまたがりAを押さえ付けた行為6に暴行罪の共同正犯は成立しない。

1 甲は「しばらくAを押さえておけばAが落ち着き、Aから殴られることもなくなるだろう」と考え、乙に「一緒にAを押さえよう」と言った。乙は「甲がAから殴られるのを防ごう」と考え、甲に対して「分かった。俺は上半身を押さえるから、下半身を押さえてくれ」と方法について指示をしながら答えた。よって、甲乙に同罪に関する共謀と故意が認められる。

また、行為態様から行為6は「暴行」にあたり、「共同~実行」の事実も認められる。

よって、同罪の構成要件に該当する。

2 しかし、正当防衛として違法性阻却される。

(1)Aは行為5の後にすぐに立ち上がり、「この野郎。」と言いながら、再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした行為aは、少なくとも暴行罪に該当する現に存在する「急迫不正の侵害」といえる。

(2)第7の1の甲と乙の内心から、行為6は甲の身体を「防衛するため」にされたと言える。

(3)体格等で大差ない者が倍の数で両手で力を込めて押さえつけているとはいえ、Aは身体をよじらせながら、大声で罵り、さらに力を込めて身体をよじらせる余裕があった。そうすると、緊急事態であることや行為5が功を奏さずに行為aが行われたことも踏まえて、行為6は必要かつ相当といえ、「やむを得ずにした行為」にあたる。

第8 乙がAの顔面を殴った行為7に傷害罪(204条)が成立し、過剰防衛(36条2項)となり、刑が任意的に減免される。

1(1) 甲と乙に押さえ付けられ、抵抗できない状態になったAに直径10センチメートルで重さ800グラムの石という固くて重いもので、顔面という枢要部を力を込めて殴った行為7は乙の顔面骨折等の身体侵害の現実的危険ある実行行為である。

この行為7により、全治1ヶ月の鼻骨骨折という身体侵害結果がAに生じた。

乙が「痛めつけて大人しくさせるしかない」と考えていたことや行為態様から、同罪の故意は認められる。

(2) なお、乙は行為7の際に、Aを殺そうともAが死ぬかもしれないとも考えていなかったから、殺人罪(199条)の故意は認められない。よって、行為7がAの生命侵害発生の現実的危険ある実行行為にあたるとしても殺人未遂罪(203条、199条)は成立しない。

2(1)行為7をやる中でもAは身体をよじらせながら「話せ。甲、お前をぶんなぐってやる。絶対に許さない。覚悟しろ。」と暴行罪をにおわせることを大声で言い、さらに力を込めて身体をよじらせていた。そうすると、依然Aの「急迫不正の侵害」は継続していると言える。

(2)違法性の本質は社会的相当性を欠く法益侵害行為にある。ただ、「急迫」状態である以上は、「防衛するため」とは、急迫不正の侵害を認識しつつ、これを避けようとする心理状態でも足りると解する。

たしかに乙はAを痛めつけようと思っていた。しかし、これは甲がAから殴られるのを防ぐために大人しくさせるのが目的であり、行為7は上記心理状態に基づかないとはいえない。

よって、「防衛するため」といえる。

(3)Aは身体をよじらせて大声で罵っているとはいえ、それくらいしか抵抗できていない。よって、行為6を継続すれば、甲がAから殴られるのを防げるため、必要性はない。また、Aは素手に過ぎず、これに対して、2対1の状況で上記石という凶器を使った行為7はやりすぎであり、相当性も欠く。よって、「やむを得ずにした行為」とはいえず、「防衛の程度を超えた行為」といえる。

第9 行為7に関して、甲に傷害罪の共同正犯も幇助犯(62条1項)も成立しない。

1 第7の1ように甲は「しばらくAを押さえておけばAが落ち着き、Aから殴られることもなくなるだろう」と考え、甲乙間でも「Aを押さえること」に関してしか意思連絡がない。よってAを痛めつける行為7は、甲乙間の共謀に基づかないから、傷害罪の共同正犯は成立しない。

2 行為6により甲は乙の行為7を容易にし、「幇助した」といいうる。しかし、行為6の際に甲は乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴りつけたことを全く認識していなかった。よって、幇助故意が認められず、同罪の幇助犯も成立しない。

第10 甲が財布を上着ポケットにしまった行為8に占有離脱物横領罪(254条)が成立する。

1 同財布はAのズボンポケットに入っており、中には現金4万円が入っているから、「他人」Aの占有する「財物」である。

2 これを上着ポケットにしまった行為8は、Aの推定的意思に反して占有を移転させるものであり、「窃取した」といえる。

3 ただ、傷害罪の共犯が成立しない甲は、Aが死んでしまったと思っていたから、占有移転の認識がなく、占有離脱物横領罪の主観しかない。

(1)故意責任の本質は規範に直面したのに敢えて行為をしたことに対する非難にある。そして規範は構成要件として与えられているから、構成要件の範囲内で主観と客観が符合すれば故意は認められると解する。

(2)窃盗罪と占有離脱物横領罪は、保護法益が財産権であり、行為態様は領得という点で実質的に重なり合うから、軽い後者の限度で故意が認められる。

なお、甲は現金4万円を借金返済に使おうと考えていたから不法領得の意思が認められる。

第11 乙が「Aの財布を探して捨ててしまおう」と言った行為9に占有離脱物横領罪や器物損壊罪(261条)の共同正犯は成立しない。

1 乙はAの財布を捨ててしまおうと思っていたから、不法領得の意思(b)がなく、窃盗罪や占有離脱物横領罪の「正犯」意思は認めれない。

一方で、財布を捨てれば、その財布や中の現金という「他人」所有の「物」の効用を害するから「損壊」するといえる。よって、乙には器物損壊罪の「正犯」意思、「共同~実行」意思は認められる。

一方で、甲は上記の通り占有離脱物横領罪の「正犯」意思、「共同~実行」意思だった。

占有離脱物横領罪と器物損壊罪は、保護法益が財産権という点で共通しているが、行為態様が領得と毀棄で共通していないから実質的に重なり合っていない。

よって、両罪の共同正犯は成立しない。

第12 甲

第2・第3の罪は「1個の行為」2によるものだから、観念的競合となる(54条1項前段)。第2・第4・第5の罪は罪質上通例手段・結果の関係にあるから牽連犯(同1項後段)となる。

これと第10の罪は併合罪(45条前段)となる。

以上

【感想】

論じることが多くて、ヤバかったです。

また、前半は難しくないなと思っていたら、最後のほうは本当にややこしくなっていきました。